テストを作らねばならないという時に限って、ついつい読書をしてしまう。
これは大掃除をしないといけないのについ卒業アルバムや卒業文集に夢中になったり、テスト勉強しないといけないのについ漫画を読み耽ったりしてしまうことに似ている。こんなことでは生徒のことをとやかくは言えない。
【目次】
積読に焦る日々
最近はなかなか読書に時間を割くことができずに積読がものすごいことになってしまっている。しかも、一冊を読み終わっていないにもかかわらず次の一冊を読み始めてしまう癖があるため、少し油断すると脳みそがオーバフローしてしまいかねない。
それでもデミアンは一人なのか? Still Does Demian Have Only One Brain? (講談社タイガ)
- 作者: 森博嗣
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2019/06/21
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どれもが中途半端な状態になってしまっている。この悪癖、我ながら何とかならないものか……。
ともあれ、読書に関してはそんな不如意な状況に置かれてしまっているというのが現実だ。
なもんだから、なるべく偏りが出ないように様々なジャンルの本を読むように心がけてはいるけれども、実際にはどうしても自分の琴線に触れるような書籍ばかりを購入しているのが実際のところである。絶対的な読書量が足りていないわけだから、それもやむなしというところか。よく考えるまでもない、お金は大事なのだ。
大事なのは「無条件の信頼」ではなく、「異なる価値観の受容」
読書ということに関して最も危惧すべきは、「この作者の言うことだから全てが正しい」という盲信によって、自分自身の信条すらも無批判の内に捻じ曲げてしまうことだ。
確かに、書籍を出版できるくらいの社会的地位にいるわけだから、その本の著者が有する知識の量や質は、一般人とは一線を画するものであるのだろう。そんな人間に対して畏敬の念を抱くのは無理からぬことである。ただ、そんな地位ある人間であっても結局のところは「赤の他人」に過ぎないのである。考え方には違いがあってしかるべきなのだ。自分から「盲信」という名の袋小路に迷い込む必要はどこにもないはずだ。
「信者化」は当の本人にとっては心の安寧を獲得する上で有効な心理的戦略なのだろうが、一歩足を踏み外してしまえば、そこに待ち構えているのは単なる暴走である。それはすなわち、自分の頭で考えることの放棄に他ならない。
「面白くない本」にだって価値はある
よく「この本はハズレだ、お金の無駄だった」と嘆いている人を見るけれども、それにはそれで「自分とは異なる価値観の存在に気づくことができた」という意味では十分な学びがあるはずだ。
実際に私自身、様々な本を読む中で「これって通販サイトのレビューや他の人のブログの書評を読む限りはかなりの高評価だけど、自分にとっては今一つだよなぁ」と感じることはしばしばある。ただ、だからといってそれが「無駄な経験だった」とは全く思わない。むしろ、「なるほど、そういう考え方もあるのか」という新たな発見に嬉しくなってしまう程だ。
読書って、そんなものでいいのではないかと思っている。
あまり肩肘張らずに、自分のペースで読むことも時には大切だ。
とは言うものの……
とはいえ、本を全く読めていない現状は望むところではないし、そんな状況に焦りを感じるあまり、作らねばならないテストに全神経を注げていないという状況はもっとまずい。
今やるべきことをしっかりやっていきたいと思います。