ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。

「SNS」という現代のムラ社会

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4月になると各種SNSのユーザー数が増加する傾向にあるようです。

なんでも、新たな環境に置かれた人が、共感を求めてSNS上での他者との繋がりを欲するようになるからだとか。

 

勤務校にも新入生がやってきましたが、きっと彼らも慣れない環境の中で抱える不安やストレスを、SNSで発散しようとするのでしょう。別にそのこと自体を咎めるつもりは一切ありません。そういったツールがある世の中なのですから、使いたいのであれば存分に使うのがよろしい。それを禁ずる権利など我々にはないわけです。

 

ただ、そうしたSNSを利用することの良し悪しは認識しておくことが必要でしょう。これは子供に限った話ではなく、大人であっても同じことです。

 

 

SNSのメリット

 

同好の士と手軽に交流することができる。

 

かつてこれほどまでに自分と志を同じくする人間と簡単に繋がることのできた時代は存在しないでしょう。どんなにマイナーな分野だって、世界中くまなく探せば同じ興味関心を抱いた人間はゴロゴロ存在しているわけです。これまでの時代は、そうした人々が物理的な制約のために一堂に会することは叶わなかったわけですが、インターネットの発達はいともたやすくそれを可能としました。

このことが当該分野の発展に与えた影響は非常に大なるものがあるでしょう。分散した知を集約することで、先鋭化を推し進め、より一層の発展に寄与したわけで、その功績は計り知れないものがあるはずです。

 

 

SNSのデメリット

 

自分の嗜好に近しい人の身と容易に繋がることが可能なため、視野を狭めてしまいやすい。

 

誰しも自分と近しい意見を持つ他者との出会いは嬉しいもの。自身が肯定される感覚を得ることのできる空間と言うのは非常に居心地がいいものです。ですが、そうした狭いコミュニティに入り浸ることに慣れてしまうと、時として、自分の中に対立意見が介入する余地を奪い取ってしまいかねません。

そうなると自分とは異なる意見を取り込めなくなってしまい、視野を広げるどころかますます狭い世界へと閉じこもってしまうことも十分あり得ます。

 

最近twitterを本格的に使い始めました。最初のうちはとても面白く、それこそ暇さえあればツイートしたりフォローしたりしていたのですが、ある瞬間を境に、ふと「このツールは使い道を誤ると結構恐ろしいことになるよな」と感じ始めました。

というのも、「誰と繋がれるのか」の選択権の一切が自分にあるため、自然とタイムラインに流れてくるツイートが、自分にとって心地の良い内容で埋め尽くされてしまうのです。ある程度まではいいことなのでしょうが、これが行き過ぎると人間は単なる視野狭窄に陥ってしまいます。

 

身の回りで何か問題が発生した時には、あらゆる方向から解決策を練り上げていかなければなりません。そして、時としてそれは自分の意に介さない方法であることも十分あり得るわけですが、排他的、あるいは閉鎖的な思考を持っていると、そうした解決策を我が身に取り込むことが阻害されてしまいかねません。

ここに、余所者の排除に固執した末に衰退の一途を辿った、かつての日本的なムラ社会の構図を思い起こさずにはいられません。

 

 

「意見の異なる他者」を受け入れる感覚の大切さ

 

非常に便利なSNSですが、メリットとデメリットとは表裏一体です。使い手の考え方次第で白くも黒くもなる恐ろしさを秘めています。

別にどのように利用しようがそれは個人の自由なのですが、生徒たちの使い方を見ていると、「世界を広げる」という方向ではなく、むしろ「世界を狭める」方向に進んでいるように感じられ、非常に不安に感じるところです。

ただでさえ「正解の無い」そんな時代。誰しもが自分の意見が正しいかどうかは不安に感じるところで、その不安を掻き消すように、「自分にとって都合の良い方向」だけにむかってどんどん進んでいきたくなる気持ちはよく分かります。でも、それはその場しのぎの痛みどめに過ぎず、いずれは限界が来てしまうようにも感じるのです。

生きている以上、必ず、どこかで「自分とは異なる意見の他者」との協働は避けることができないはずです。そうなってから困らないよう、早いうちから対策を講じておきたいところです。

 

そんなわけで、SNSに関しては、是非とも「多くの価値観の存在を知る」ために、どんどん外に広がっていく使い方をしてほしいし、自分自身もそういう使い方をしていきたいよなぁ、と感じる今日この頃です。