ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。

「授業の改革」、すべきことの多さに圧倒されて自信を失いかける

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テスト一週間前ということで、生徒には「勉強しなさい」と声をかけ続けます。

大半の生徒はブーブーと文句を言うため、それをなだめすかすように、あれやこれやと理屈を並べ立てながら考査で高得点を取るための準備を進めるよう鼓舞し続ける。そんなことを毎年してきたわけですが、最近は果たしてそれでよいのかなと考えることも多くなってきました。

 

 

知識偏重の「入試特化型授業」を続けた日々


教員になってから現在に至るまで、国公立大学の受験を考えている生徒たちの教科指導に明け暮れてきました。
最初の数年はとにかくプレッシャーとの戦いで、いかにして分かりやすく要点を捉えた授業をしようか、ということばかりに心を砕いていた記憶があります。
受験生ばりに参考書を買いあさり、ひたすらセンター試験や国公立大学の過去問を解きまくっていました。


心の中では「これでいいのかなぁ」と思いながら、でも目の前の生徒達が「大学に合格できるだけの学力」を切望している以上は仕方が無いと割り切って、ひたすらに「試験で点数を取らせる授業」をしてきたというのが正直なところです。


と、今となってはそのことに対して若干ネガティブな捉え方をするわけですが、この経験は得るものは多かったように思います。
ある程度、教科の指導内容や方法も体系化でき、それなりの結果を残せるようになってきており、それなりの自身も芽生えていました。

 

 

やはり、変えるべきところは変えていかなければ

 

ここ一・二年は、あれやこれやと授業の在り方について試行錯誤してきました。きっかけとしては新入試が始まることへの危機感が大部分を占めています。次年度からはいよいよ新入試が始まるため、もうそこまで猶予はありません。早急に変えていかねばという焦りが否が応にも私に鞭を入れます。

 

そんな感じで、元々は「入試のため」に始めた授業改革でしたが、最近は大学受験とかそんなことは抜きにして、時代の大きな変化を考えれば従来からの授業の在り方を大きく変えていかねばならないと強く感じるようになってきました。

そして、学べば学ぶほど、改善の余地がある項目があまりにも多すぎて一体何から手をつけたらよいものか途方に暮れてしまっているのが現状です。とにかく手探りでなんとかかんとか進んでいるような感覚。

授業の在り方は勿論のこと、テストの在り方や評価の出し方、宿題の意義や日々の振り返らせ方、等々、とにかく手を入れなければならない部分が数多く存在します。

 

自分が高校生の時の経験も、大学の教職課程で学んだことも、ほとんど役に立たない新たな局面に差し掛かりつつあるこの時代。今まさに「正解」の無い時代を生きているわけであり、生徒にその対処法を身につけさせる前に、まずは自分自身がこの時代を生き抜くだけの術を身につけていかねばなりません。

 

 

迷う日々は続く……

 

そんな感じで、あれこれと敏感になっているお年頃なので、「何をどこまですべきか」の線引きがうまくできなくなってしまっているようにも感じます。

果たして「テストで点数取るために勉強しなさい」を続けていていいものなのか……。

考えすぎてドツボに嵌るのも良くないので、なるべく相対化しながらうまい着地点を探っていかなければなぁと感じる今日この頃でした。