ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。

スランプから抜け出すために大事なこと

f:id:yasuteru24:20190516001117j:plain

 

最近なにかとスランプ気味。

テストも作らねばならないし、分掌の仕事もちゃっちゃか進めていかないといけないし、読みたい本もたくさんある。それ以外にもとにかくしなければならないタスクが目白押しなのだけれども、どうにもやる気が出てこない。一応最低限のスピードでのろのろと進んではいるものの、最高潮の時の疾走感には到底及ばないこのもどかしさ。
疲れが溜まっているからかなぁ……。もしやこれが五月病と言うやつなのか?

 

【目次】

 

生きることは悩むこと

 

人間誰しも、スランプに陥る時期は必ずやってくる。しかも定期的に。

いい年した大人がこんな体たらくなのだから、子どもは尚更そのスランプに苦しんでいるはずだ。よく「成績が伸びなくなってきた」とか、「部活動で思ったような動きができなくなってきた」とかいう悩みを聞くところである。程度の差はあれ、生きていくこととスランプを抱えることとは切り離すことができないものである。

 

実際、私自身が、これまでの人生のあらゆる場面で数々のスランプを感じてきた。

センター試験対策模試で成績が伸び悩んだこととか、バスケットボールのシュートが全然入らなくなってしまったこととか、音ゲーのスコアが全然伸びなくなってしまったこととか、授業が全然うまくできなくなってしまったこととか、とにもかくにも人生ありとあらゆるところにスランプは潜んでいるものである。

スランプのない人間は、本当の意味で新しいことに挑戦していないともいえる。

 

 

壁を破る瞬間に、自分の成長に気づく

 

そんな個人的な経験から学び取った世の真理は、「そんなスランプを脱する瞬間にこそ、人間は自身の成長を最も実感できる」ということだ。スランプがあったからこそ、その反動でその苦難を乗り越えた時の喜びをより一層強く感じることができる。

絶望の一歩手前まで叩き落されかけた、そんな地獄の淵から無事生還したという経験と自信が、人間を大きく成長させる。

 

生徒たちもよく勘違いしているけれど、何事も順風満帆に進んでいる時は、人間はそこまで成長していないものだ。これは過去の努力の余力が残っているだけで、その余力によって前進しているように感じているだけである。

真なる成長が起こっているのは、むしろ壁にぶち当たって、それを乗り越えようともがき苦しんでいるその瞬間にこそある。そこには現状をなるべく良いものへと転じようとする本能的な情動があり、困難を乗り越えるためにこれまでしてこなかった新たな手法を試みようとする創意工夫がある。何もかもが順調で走り続けていた時には意識を向けていなかった自分自身を、冷静に見つめるだけの余裕が否が応にも生じている。

そんなこんなで、必死にもがき続けている中で「気づいたらいつの間にか壁をひょいっと超えてしまっていた」という経験は誰しもが一度や二度は感じたことがあるはずだ。

 

この様子をグラフに描けば、階段のような形になるだろう。伸びるときは直角に近い角度で面白いように伸びてゆき、逆に伸び悩む時はずっと横ばいの状態が続く。結局はこの繰り返しである。

 

 

スランプになった時、歩き続けられるかどうかが大事


というわけで、成長を志す上で大事なのはどんどんできることが増える楽しい時期ではなくて、むしろスランプに陥った時期だろう。ここで歩みを止めれば、この暗いトンネルからは決して抜け出せない。大切なのは、辛くたって少しずつでも歩き続けることだろう。

 

正直なかなかやる気はでないけれど、今ここで足を止めてしまったらその後の成長に結びつかない。大事なのは、ゆっくりでもいいから諦めることなく、腐ることなく歩き続けること。そう自分に言い聞かせながら、今の自分にできることを、少しずつ頑張っていこう。