ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。ブログ毎日更新中。

洗練と手抜きの狭間で

二学期の授業の準備をするけれど、さすがに何年も教師をしていると同じ教材を扱うことが増えてきた。教科書は大抵「定番」と呼ばれる教材があり、たとえ出版社が変わろうと改定がなされようと、扱う文章はさして変わらなかったりする。

正直、同じ教材なので以前と全く同じような授業展開をすることは簡単にできてしまうわけで、ついつい教材研究に充てる時間は短くなりがちだ。よく言えば「洗練」されてきており、授業の要点を掴み、上手にそつなく回すことができるようになってきている状態である。授業のパッケージングに成功し、それを効率よく売り捌くことはできるようになっている。

 

ただ、気をつけなければならないのは、何事も変わりゆくということである。たとえ教材そのものが変わらなくとも、そもそも対象となる生徒は全く違うし、時代も流れ続けている。その教材を扱う文脈は、確実に前回その教材を扱った時とは別物だ。授業内容についても相応の適応変化が求められる。

学校行事とて同じことで、いくら「伝統」のある「由緒正しき」行事だからといって、何年も同じことを繰り返していては埒が明かない。前例踏襲は思考停止を招き、無批判に繰り返された手法は摩耗し、擦り切れてしまう。まずは目の前の生徒を見て、時代の要請を適切に掴み取り、都度バージョンアップをしていかなければならない。

 

そういうことを考えると、今現在教育の現場か置かれている状況は非常に変化が激しい。もはや数年前とですらガラッと状況は変わっているし、これからは更にその激しさは増す一方だろう。少し立ち止まって周囲を見回す余裕が欲しいところなのだけれども、多忙がそれを許してくれない。どうしても目の前のことばかりにかまけて、過去の栄光や伝統に縋ってなんとかやり過ごそうとする近視的な状況に陥っているような気もする。

 


人間は慣れてくるとその手法が洗練化され、次第に「効率」を求めるようになってくる。連載マンガなどは、連載する中で絵柄が変わってくることが多いけれども、傾向としては絵柄はスッキリと洗練され、書き込みの量が減ることが多いように観察される。同一の作業を繰り返す中での適応として、これ程わかりやすいものは無い。

確か、「バクマン」でもなにかそういうことを扱う場面があったような気がする。

 

バクマン。 カラー版 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

バクマン。 カラー版 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 

 

このブログも、ここ数日はこれまでとは少し趣向を変えながらなるべく負担を減らすようあれこれと試みている。良く言えば、半年以上連続で更新してきた中での「洗練」、悪く言えば、多忙の中での悪あがきにも似た「手抜き」。自分としては半々かなぁというところ。

はてさてこれからどうしていこうか。