ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。ブログ毎日更新中。

「進路についてはうちの子に任せています」という保護者の発言の裏に潜む罠

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盆明け早々、今日も今日とて三者面談。長きにわたるクラス全員面談も、ようやく終焉が見えてきました。あと一息、油断せず、トラブルを起こさず、静かに完走したい。

 

 

本当にそれでいいのか?

 

面談時に進路の事などを保護者に話を振った際、結構な確率で遭遇する返しが「本人の好きなようにすればいい、こちらはその意思を尊重する」というもの。子どもとしてはこれほどに自己肯定感をくすぐられる発言は無いでしょう。そこには我が子の選択を信じ、サポートに徹しようとしてくれる親の愛が詰まっています。

ただ、そうした発言の裏に「先生、後は任せた」という副音声が聞こえてくる自分は自意識過剰なのでしょうか。違うんだお父さん、お母さん。こう言っちゃなんですが、まだまだ未熟な高校生に進路の全てを託すのはまだ早い。大人も含めて、みんなで考えていこうじゃありませんか。

 

 

「強制」はいけない

 

もちろん、大人の都合で子どもの進路や将来を強いるのはあってはならないことです。

「将来性があるから医療系に行け」だとか、「少子化だから教師はやめとけ」とか、それは確かに一理あるのでしょうが、そんな「一般論」で決められるほど子どもたちの可能性は乏しくありません。それは大人の目線での勝手な判断であり、それだけで我が子の進路を無理矢理決定づけるのはいくらなんでも早計というもの。

また、稀に目にするのは「お前の性格じゃ○○は絶対に無理」というような一種の人格否定のような発言をする保護者の姿。いくら他人の家庭のこととは言え、これは看過できません。保護者の前で見せる家庭内での姿と、学校内で見せる姿がガラッと変わる子はそう珍しくありません。社会に生きるということは、関係性の中で相対的に自己の姿を変幻させることであり、人間の人格はそうした振れ幅を許容するだけの底の深さを持っているはずなのです。

大事なのは、目の前の子どもの特性にこだわるのではなく、これからの可能性も含めたもっと広い視野で将来を考えてあげることでしょう。「子どもの可能性は無限」という言い回しはもはや陳腐化されている感はありますが、しかし、それはある程度は事実だと思うのです。

 

 

かといって、「放任」も危険

 

じゃあ、「あなたは何でもできる! 好きなようにしなさい!!」というスタンスが正解かと言われると、それも何か違う気がする。高校生はまだ社会の事を熟知していないわけで、そんな状況で下した判断は大人からしてみたら「いや、流石にそれはどうだろう」みたいな荒唐無稽で無謀なものであることはままあります。

マンガ家や声優になりたいという生徒は定期的に現れるわけですが、それらの職業に関して「享受者」の立場からしか考えていないようだと危険信号だと言わざるをえません。いや、これはあらゆる職業に言えることであり、「教師」であっても「看護師」

であっても、「フィクションの世界」でのキラキラした華やかなイメージしか持っていない生徒は結構多いように思います。どんな職業であっても、表があれば裏もあるわけで、むしろそうした「目に見えない部分を許容できるか否か」という観点で考えないと、志半ばで挫折する羽目に陥りかねません。

よくあるのは、教員志望の学生が教育実習でその夢を諦める、という現象でしょうか。教師の仕事の八割は生徒と直接関わることの無い事務作業といっても過言ではありません。ある程度はその覚悟をもって教育学部に進んだ方が、後々禍根を残すことは無いでしょう。

 

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 ともかく、何も知らない(教わっていない)生徒の下す判断は、表面に囚われた主観的な部分のみを根拠としている場合が多く、結構な歪みが見られます。その歪みを自認させると共に、進路選択についての基本的な考え方や調べ方を周囲の大人が教えてあげないといけません。

それをせずに、「あなたの判断に任せます」とするのは、見ようによっては「無関心」と似たり寄ったりな無責任な状況であると個人的には思うところです。

 

 

バランスよく導いてあげるために、まずは教師が世界を知る必要がある

 

というわけで、理想は「基本的な見方・考え方」を授けた後に、「責任を持って自分自身の進路を見つめる」という状況に持っていくことでしょう。

結局は保護者の言う「生徒の主体性に任せる」といった旨の発言も、「我が子がそうすることができるよう、先生方でしっかりと育ててやってください」という裏のメッセージが込められているはずです。

 

それは結構なのだけれども、ただそうなるとこちらのプレッシャーが凄いことになるんだよなぁ。一人の生徒の人生を左右しかねない進路選択に関する重要なポジションを任せられるという緊張感。理想は、そうした進路選択のスペシャリストを外部から引き抜いて味方にすることで分業を図ることなのでしょうが、その実現はまだまだ先になりそうです。

まぁ、多くの世界のことを知っているに越したことは無いので、しばらくはちまちまと情報を仕入れながら教師自身が頑張るしかなさそうです。

 

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