ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。ブログ毎日更新中。

この世から、戦争とヒューマンエラーは無くならない

教務の成績管理係を拝命してから早数年。この境地に至る。

 

どれだけ事前に周知をしても、どれだけ入力作業の締め切りに余裕を持たせても、どこかでミスは絶対に出る。それは仕方がない。にんげんだもの。

私だってどんなに気をつけていてもミスはするわけだし、そこはお互い持ちつ持たれつなのだ。大事なのはミスを責め立てて足を引っ張り合うことではなく、いかに互いのミスをカバーし合えるかどうか。いがみ合っていたって仕方がない。そんな暇があったら一つでも多く仕事をこなしたほうがマシだ。

 

 

ただ、防げるミスを繰り返すことだけはいただけない。

確かに、一地点で捉えればパソコンに向かって数字を入力する作業なのでイメージは湧きにくいのかもしれないが、成績処理という業務には各自の入力後にそのデータを扱う人間が存在する。願わくば、その人間のことを考えた上での作業をしていただきたいものである。入力ミスを勝手に修正してくれるような高度なAIは未実装であるため、最終的には人力による地道で途方もなく面倒臭い手作業によって成り立っているのがこの業務なのだ。

 

特に、成績関連はたった一つの修正が発生すると、順位計算やらなんやらで集団全体に影響が及ぶため、大抵の場合作業は一からやり直しとなる。これを時間差で、複数回やらされると発狂ものだ。自分の仕事すらままならない状態で延々とパソコンを前に単調な作業を繰り返していると、心身がゴリゴリと削られていく音が聞こえてくるような気さえしてくる。一人の生徒にとっては小さな1点でも、人類(学校全体)にとっては大きな1点なのだ。そこんところ、ぜひともご留意いただきたいものだ。

 

 

そんなこんなで夏休みしょっぱなからガッツリと残業をし、ぐったりと疲れ果ててしまった。自分の仕事が全くできていないストレスから、もう愚痴しか出てこない。これは忌々しき事態だ。

ああ、もっと知的生産性を伴った仕事をしたい。

 

にんげんだもの

にんげんだもの