ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。

『ヒカルの碁』プロ試験編とかいう、少年漫画屈指の名プロット

仕事でお疲れのため、本日は息抜きの記事を一つ。

 

nevercomplete.jp

 

小畑健展なるものが開催される模様。

少年ジャンプ読者ならばもちろんのこと、現代日本人ならば一度はこの漫画家の絵を見たことがあるのではなかろうか。漫画の作画を担当することが多く、近年はほぼすべての漫画がベストセラーを叩き出す、超売れっ子の漫画家だ。

氏の手がける非常に緻密で美麗なグラフィックは、見る者を魅了してやまない。

 

小畑健画集「blanc et noir」 (愛蔵版コミックス)

 

小畑健画集「blanc et noir」 (愛蔵版コミックス)

小畑健画集「blanc et noir」 (愛蔵版コミックス)

 

 

世間で最も認知度が高いのは、やはり『デスノート』だろうか。アニメ化、実写映画化、実写ドラマ化、とあらゆるメディアミックスが展開された言わずと知れた名作である。

だがしかし、私は断然『ヒカルの碁』を推したい。

  

ヒカルの碁 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

ヒカルの碁 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 

 

「囲碁」を題材に成功を収めるという少年マンガ史上に残る奇跡

 

「少年漫画」と「囲碁」。これほどまでにミスマッチな組み合わせがあるだろうか?

世の「少年」と呼ばれる生き物たちは、マンガに感化されるものである。ある時はかめはめ波や螺旋丸を効果音付きで放ち、またある時は学校の箒でアバンストラッシュや牙突の練習を繰り返してきた。少年たちは、漫画の中の登場人物に憧れを抱き、同化し、彼らの生き様を己の血肉としながら成長してきたのである。

それに比べて「囲碁」のなんと地味なことよ。互いに白い石と黒い石を置き合っていくだけの単調な作業が延々続けられたかと思えば、なんだか良く分からぬままにいつの間にか勝負が決している。そこには正義のヒーローの八面六臂の活躍も悪役の徹底した美学も存在せず、燃え滾るような熱い友情や逆境を糧にした覚醒による苦境からの逆転劇も存在しない。

 

かたや、血沸き肉躍るような男のロマンを掻き立てる冒険譚。かたや、自己への没入による静かなる知性の世界。

 

こんな両者であるから、何をどう間違っても混ざり合うはずが無い。

……そう思っていた時期が私にもありました。そう、この『ヒカルの碁』という漫画に出会うまでは。

 

この『ヒカルの碁』は、「囲碁」というお世辞にも華やかとは言い難い地味な競技を、「少年漫画」として見事に昇華させている稀有なる作品である。そこには確かに、主人公が己の挫折経験やひたむきな努力を糧に、苦境や逆境から這い上がり大きな成長を遂げてゆくカタルシスがある。ライバルと熱い火花を散らしながら互いに切磋琢磨して高みを目指していく熱きドラマがある。

少年漫画に必要な要素の全てを内に備え、「週刊少年ジャンプ」という日本最大手の少年漫画雑誌の看板を張れるだけのポテンシャルを十二分に発揮しつくした怪作がこの『ヒカルの碁』という漫画なのである。これを少年漫画ではないと評する者がいれば、もはやそいつはモグリだと言ってなんら差し支えはあるまい。誰がどう見ても、こいつは「平成」と言う時代に名を残す立派な「少年漫画」である。

 

 

筋書きの美しさ

 

この「囲碁を題材にした王道少年漫画」という作品の出現において特筆すべきは、ひとえにその筋書きの素晴らしさである。

ストーリーの一切に無駄が無く、あらゆる展開が複雑に絡み合いながら、濃密な人間ドラマが展開されるその様は、何度読み返しても惚れ惚れするほどだ。

 

主人公「進藤ヒカル」とその終生のライバルである「塔矢アキラ」。そしてその両者を繋ぐ、現代に蘇りヒカルに取り憑いた棋神「藤原佐為」。

この三者の奇妙な三角関係(?)が絶妙な距離感を保ちながら、ストーリーは美しく展開していく。

 

中でも特に素晴らしいのは、「プロ試験編」と呼ばれる、その名の通りプロ棋士の座をかけた候補者28名による総当たり戦を描いた一幕だろう。

「総当たり戦」ということで、相当展開を練らねばならないわけであるが、この漫画のプロットは非常に練り上げられており、何度読み返してもその構成の完成度の高さには感心させられてしまう。

最大の難関と目されていた伊角さんとの対戦における意外な決着のつき方に始まり、そこからのヒカルの動揺による敗戦やそれを糧にした成長。同じ院生として楽しい日々を送ってきた兄弟子的存在の和谷との、息苦しいほどの高度な読み合いの応酬を繰り広げた末の決着。その合間に名瀬や椿たちの「力及ばざる者たち」の葛藤を描くことも忘れない。

これら全ての戦いにおいて、あらゆる境遇に置かれた人間たちの心の揺れ動きを内面から鋭く抉り出しており、かと思えば一方では周囲の大人たちの一歩引いた冷静な目線から静かに描き出すことで、よりはっきりとそれぞれの人物像が浮き彫りにされてゆく。

師匠的存在である佐為も的確な場面でヒカルを導いてゆき、ヒカルもまたそんな佐為の力を吸収しながら一つ、また一つと階梯を上るように心と技を鍛え上げてゆく。こうしたいかにも「少年漫画的」な成長を描くことにも余念が無い。

そんな「中ボス戦」を繰り広げた末に、いよいよプロ試験編のラスボスとも言える越智との戦いが待っているのだが、ここでは主人公「進藤ヒカル」と因縁のライバルである「塔矢アキラ」との対決が、一種の代理戦争的な展開として自然に組み込まれているという非常にニクい演出。進藤ヒカル(&藤原佐為)vs越智康介(&塔矢アキラ)という構図の美しさには毎回鳥肌が立ってしまう。

 

先に述べたように、こうした展開の進め方が、本当に自然と流れてゆくのがこの作品の素晴らしいところである。

全編を通じて、十分な物語に裏打ちされた濃密過ぎるほどの人間ドラマが繰り広げられており、読者としては常に息を呑まされる展開が続くわけである。

 

 

とまぁプロ試験だけでこんな感じである。

原作者である「ほったゆみ」先生の緻密なプロットが、「小畑健」先生のハイレベルな作画と見事に融合し、この『ヒカルの碁』と言う作品は紛うことなき名作として世に語り継がれているというわけだ。

 

 

「何度読んでも面白い」が名作の条件

 

そんなこんなで語り出せばキリが無い。正直これでもまだまだ言いたいことは殆ど言えていない。

本格的に語らせれば、それこそいつまででも語り続けられる自信がある。

 

それほどのポテンシャルを秘めた作品であることは私が保証する。未読の方はぜひ一度読んでいただきたい。歴史に名を残す名作であることがお分かりいただけるはずである。

 

 

 

なにはともあれ、小畑健先生、 画業30周年おめでとうございます。