ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。

炬燵クライシス

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いかん、一週間の疲れもピークに達しているためか、コタツの中でついウトウトしてしまった。連日の放課後補習による肉体的疲労と、新年度人事の深読みによる精神的疲労のダブルパンチ。危うくコタツで一晩を明かすところだった。

 

現在23時20分。

これは非常によろしくない状況。今日の記事を今から考えている暇は無い。でも連続更新のためには、なるべくならそれなりのボリュームの内容の記事を上げたい。という、世間の人々から見れば心底どうでもよい葛藤に陥っているのである。

(別に字数に縛りを設けているわけではないのだが……完全に自縄自縛に陥ってしまっている。愚かな男である。)

 

 

そんな時の心強い味方、「学生時代のブログ~(てってれー)」。

 

www.yasuteru24.com

 

今日もここから引用することで、緊急避難的にお茶を濁していくスタイルをとることにしよう。

やっててよかったブログ執筆。過去の遺産、心置きなく食い潰させてもらうことにしよう。

 

 

今回は、2008年3月21日ということで、実に11年前に書いた文章。

相変わらず、大学生らしい自由奔放な文章である。若気の至り、大目に見ていただきたい。

 

 

【引用ここから】

 

2008年03月21日

炬燵クライシス

最近は日中ばかりか朝晩も次第に暖かくなってきました。それもそのはずで、もう三月も終盤に差し掛かろうとしているところ。あまりにもダラダラしてるので、季節感が狂って仕方がありません。

そんなわけで、コタツを片付けました。
振り返ってみれば、今年の冬も、コタツの魔の手に掛かりさんざん弄ばれていたような気がします。
 
 

なんて言うかコタツってハンターだよね、人間という名の獲物を仕留める事にかけてはかなりのスペシャリストだと思う。


まず始めに「暖」という最高級のエサをちらつかせ、巧みに人間を自らのテリトリーに誘い込む。
この誘惑に打ち勝てる人類は皆無といってもよいのではないか。罠だと分かっていながらも、吸い込まれるようにコタツに足を突っ込んでしまう、突っ込まざるを得ない。
そんな人間の心理を髄まで知り尽くし、その複雑怪奇なメカニズムを逆手に取ることで、あっさりと我々を懐柔せしめんあのコタツの究極とまで呼べる構造。そしてそれを見事に搭載し、なおかつ我々に微塵の違和感・警戒心を与えることなく、いや、むしろどこか安心感すら与えかねないこの上ないほどに完成されたフォルム。
敵ながら感服せずにはいられない。あまりの完璧さに、非の打ち所を見出すことが野暮であるかのような錯覚さえ覚えてしまう。もはや製作者は悪魔だと言ったとして、異論を差し挟む者がどこにいようか。

そんな、神すら予期できずにこの世に生まれ落ちてしまった魔具、コタツではあるが、さらにこいつの上にミカンなんかが置いてあればもう言うこと無し。ただでさえ難攻不落の無敵要塞が、世界を破滅へと導く怪物へと変貌を遂げる。考えただけでも身の毛がよだってしまう。


まんまと敵をおびき寄せたその後に、突然彼らは牙を剥き始める。
繰り広げられるのは、それまで見せていた友好的な装いからは想像もつかぬような苛烈な攻撃。
そこから先はもはや戦闘ではない。一方的な加虐、強者による捕食に他ならない。
捕食者がコタツの暖かさを享受していられるのも束の間、一瞬にしてにその幻想は消え失せ、今自分の身に起こっている絶望的なまでの状況を知る。

そう、賢明な皆様方ならもうお分かりだろう、足が抜けないのである。

気づいた時にはもう既に遅し。後悔、恐怖、絶望、あらゆる負の感情をない交ぜにした、得体の知れない何かが頭の中を支配し、正常な思考を瞬く間に喰らい尽くすのだ。
驚くことに、これら一連の流れに要する時間は、限りなくゼロに等しいのである。
瞬きをするいとますら与えずに、己との力量の差を相手に思い知らせる程の圧倒的な力を秘めているという事実。圧巻である。

しかし、真に驚くべきは、この「足を掴んで放さない」という事象が、物理的な要因によって引き起こされるものではないということだろう。
別段、凄まじい力によって足がロックされてしまうわけではなく、引き抜こうと思えばそれを実行に移すことは容易である。事実、ありとあらゆるケースにおいて、それを実行に移さなければならないことを余儀なくされる。
尿意を催し厠へと向かう、小腹が空いたため台所へつまみを取りに行く、手の届かぬ場所にあるテレビのリモコンを机上へと持って来る……。
ほんの数秒間、コタツから足を引き抜いて各々のアクションを起こせば、これらの用を足すことは可能である。

だがしかし、実際はどうか。

抜けないのだ。物理的には可能であっても、である。
そうなるともちろん、そこに絡んでくるのは人間の心理、つまりは心のはたらき、と言う事になる。

つまり、「コタツから出る必要がある」という場面に直面しているにも拘わらず、あろう事か我々の脳は「コタツから足を引き抜いてはいけない」という何とも矛盾に満ちた結論を導き出してしまうのである。
そして最終的に、「足を引き抜いてはならぬ」という、常識的に考えてありえるはずの無い道理が、「足を引き抜きたい、引き抜かなければならない」という意志を遥かに凌駕してしまう。

ここまで来てしまっては、コタツの魔手に抗う術は無い。
そもそも、一度コタツに入ってしまった以上、これが当然の帰結であるのは一目瞭然であり、打開策を探れというのは到底無理な話である。


ここにきていよいよコタツは狩りの仕上げにかかる。コタツに引き込んだ獲物、それをより調理のしやすい状態へと陥れるのだ。
簡単に言ってしまえば、コタツに入った人間を“眠らせる”のである。
人間が眠気を催すのに最も適している温度、換言すれば、「睡魔」という化け物が最も活発に活動する熱条件、それがコタツの中では常に保持されている。
百戦錬磨を誇る猛者ですら、コタツの前では稚児にも等しき無力を露呈し、ものの数分で深い眠りへと堕ちてゆく。そこから先はあえて言葉にする必要も無いだろう……。

「寄せ」「封じ」「落とす」。
ハンティングに求められる最低限にして最重要な三要因。コタツによるそれらの連携・効率は共に、あまりにも無駄が無く、それはもう芸術の域にまで昇華されてしまっているといって過言ではない。

華麗かつ流麗な技で獲物を仕留める孤高の狩人、それがコタツの正体なのである。




とまぁ、そんなこんなでかなりの強敵コタツ君でしたが、彼ともしばらくはお別れです。なんとも名残惜しいです。
 
 
【引用ここまで】
 
 
……こうしてみると、十年経ってもあまり進歩していないな、私。色んな意味で。
相変わらず、楽しそうで何よりである(他人事)