ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。

ブラック化する時代の中、教員の働くモチベーションをいかに保てるか

 

本日、同僚とのやり取りの中で興味深いトピックがあったので、少し考えをまとめてみました。

教員の仕事に対するモチベーションに関するお話です。

 

 

ブラック化する学校現場

 

教員は、基本的に「生徒の成長」を労働のモチベーションとする傾向があるように観察されます。生徒のためならえんやこら。我が身を粉にして働くわけで、時には滅私奉公に近い部分も無いわけではありません。

 

しかし、その理念が今話題となっている「学校のブラック化」に繋がっているのもまた事実。「生徒のため」が何よりも優先されてしまい、教員の疲弊を招いているというわけです。

こうした問題については、ここ最近、各種メディアにて大きく取り上げられるようになってきており、社会での認知度も高くなってきているように思います。

 

   

時代は絶えず流れゆくもの、いつまでもこのままの感覚でいいものなのか。いや、よくない。(反語)

 

 

どうしてこうなった?

 

この背景には、実に様々な要因が絡み合っているわけですが、大きく分けると大体以下の二点に集約されるでしょうか。

 

①学校教育への過剰な期待

共働き化が進むことで家庭教育が満足にできなくなり、近所づきあいの希薄化によって「地域ぐるみで子どもを育てる」という意識も失われてしまった時代。これまでは家庭や地域が担っていた、基本的な生活習慣や規範意識などの育成が学校に求められるようになってきました。

お箸の使い方や買い物の仕方に始まり、家庭での時間の使い方や親子間のコミュニケーションの取り方などを教えなければならくなると、その分、相対的に読み書きなどの基礎学力を向上させるための教育に割ける時間は少なくなってしまいます。

 

「頼られている」と言えば聞こえはいいが、実際は「押し付けられている」わけで、これは正直しんどいところ。

 

②技術革新や子供を取り巻く社会状況の変化による、これまでに存在しなかった業務の発生

 

①に加え、更にそこに英語教育やプログラミング教育、大学を先取りした形での主体的・協働的な学び、およびそこに付随するプレゼンテーションやレポート作成技術の教育など、学校では従来には無かった新たな分野における教育を余儀なくされています。

 

最近では、小中学校でのスマホ持込み解禁に関してひと悶着あったのが記憶に新しいところ。

 

www.nikkei.com

また、学校によっては、BYOD (Bring your own device)によってICT教育をしている現状もあり、これらの端末の使い方を教育するのも学校の役目となっています。

 

これらの事例のいずれもが教員の負担増に繋がっており、教員の多忙化が右肩上がりで進んでいるというわけです。

 

 

「聖職者」という概念の消失

 

一昔前までは、ほぼ無条件に尊敬の対象だった教師という職業。「鉄拳制裁」のような強めの指導をしても、保護者からは「ありがとうございます」と感謝されていた、そんな時代が確かに存在していました。(現代では体罰はダメ、絶対。)

しかし、もはや現代では教員には聖職者としての権威なんてもう既に無くなっています。「教育」という名のサービスを提供する、いち「教育屋さん」になってしまったわけです。

 

先生はえらい (ちくまプリマー新書)

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私自身は別にそれでいいと思っているので、その良し悪しについてあれこれ言うつもりはありません。しかし、問題はそんな「先生様」の時代を引きずっており、時代錯誤となっている部分が現代の学校に散見されていることです。

 

24時間営業のごとく、生徒や保護者が連絡を取ろうとしてきたり、(こちらを頼った相談事ならまだしも、夜中にクレームの電話を入れてくる人もいたりする。)

休日の服装や交友関係など、プライベートの過ごし方までいちいちチェックをされたり、(ねえねえ知ってる?教員だって、普通の人間なんだよ?)

 

ともかくそんな感じで、「教員かくあるべし」とばかりに一挙手一投足を厳しく監視され、付きまとわれている。

かつての特権(?)は剥奪され、その特権によって中和されていた面倒事は残り続けている。それが今の教員の現実。これは私のポリシーである「何かを足したらその分引く」の逆を行く現象。ゆゆしき事態ですよ、これは(もちろん悪い意味で)。

そりゃ誰も教員になりたがらないわけです。

 

 

どうやってやる気を高めよう

 

まずは国や自治体、管理職による改革が絶対に必要。

残業時間に対する(そもそも現行法では残業とみなされていないわけですが)正当な給与を支給する体制を整えるだとか、学校でやる必要のない業務を思い切って廃止するなり、学校外のサービスに割り振るなり、そうした大きい部分での改革は必須です。

 

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インセンティブ制度を取り入れるという選択肢もかなり魅力的ではあるけれど、お金が絡むと結構面倒くさいことになるのもまた事実。諸刃の剣であるため、手放しで賛同しがたいのが正直なところ。

功利主義の助長による足の引っ張り合いや、査定至上主義に陥って面倒事の押し付け合いが始まるともう最悪で、組織としてのモチベーションは逆にダダ下がりになってしまいます。

 

もし取り入れるのならば以下の要件を満たしておきたいところ。

 

①偏りなく、全員が等しく業務を分担するところから始める

※単純に頭数で割るのではなく、能力や置かれた状況に対しての平等が望ましいところ。まずは業務の偏りによる不公平感をゼロに近づける。

②その上で、各自の熱意や創意工夫によって生み出された成果を評価する

 

つまりは、「みんな頑張っているけど、あの人は特に頑張っているから多く報酬をもらうのは納得だよね」となる環境を整備する、といったところでしょうか。こうした環境が構築されて初めて、インセンティブ制度は正しく効用を発揮するのではないでしょうか。

初めから面倒事を避けプラス査定に特化して動けば、結果は楽に出せるというもの。一方で、熱意はあるものの、不当に多くの業務が割り当てられているために実行に移せない、という教員も少なからずいるはずです。

 

 

結局は認められることが大事?

 

さて、少し話が逸れましたが、教員のモチベーションの維持は正直な話結構難しいところです。

ただ一つ言えるのは、自分の仕事に対して「正当な評価を受けられない」ことほど、モチベーションが下がることはありません。これは生徒たちも同じ。だからこそ我々教員は個々の生徒をよく見ておく必要があるわけです。

 

ともあれ、この変わりゆく時代の中、私たちは一刻も早く最適なモチベーション維持方法を探し出さないといけない、ということだけは確かです。結果、それが生徒たちに対するよりよい教育に繋がるヒントにもなるはずなのですから。

 

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