ネコとコーラと国語と私

私立高校勤務の国語教師が感じた教育に関するあれこれ。あとたまにネコとかコーラとか。

同じ今日は二度とは来ない、という当たり前を思い出す

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本日、三年生が無事に卒業していきました。

後に残る身としては、また一つ気が引き締まる思いです。

 

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残り続けるメリット・デメリット

 

取り残される寂しさを感じる一方で、こんな環境だからこその利点もあります。それは、何度も同じところをぐるぐる回るという性質上、一つのことを何度も繰り返しながら極めていくことができる、ということ。いわゆるPDCAサイクルを回すには最適な環境であるわけです。しかも、転勤のない私立学校。こんなうってつけの環境ってそうないでしょう。

 

それを可能にするのは学校という現場の特殊性。

ご存知のように、学校では「年間行事」という形で、一年のうち、いつ、何をするのかが既に決まっています。そしてそれは基本的に毎年同じであり、大幅に変更されることはないわけです。

 

ただ、これは一見して便利そうですが、ここには非常に大きな落とし穴があります。

こうした行事などは、生徒にとっては一期一会なわけですが、教員にとっては一種のルーティーン。毎回新しい刺激のある生徒と違い、教員側は時としてやっつけ仕事になっている場合があったりするのもまた事実。

 

例えるならば、生徒は観覧車(あるいはジェットコースター)に一度乗った後、次のアトラクションへと向かっているというのに、教員はそこから降りることなくずっと同じところをぐるぐる回り続けている状態。それこそバターになるんじゃないかってくらい、ぐるぐると回り続ける訳です。最初の数回はそれなりに楽しめるわけですが、次第に刺激が失われていくのは自明の理。

 

 そして、同じことは授業にも言えます。

 

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「慣れ」は、時として注意力を散漫にさせてしまいます。

特に学校という現場では、あらゆる部分が権威主義に陥りやすく、前例踏襲という名の思考停止を招く危険があちこちに潜んでいるわけです。

そこに気づけなくなってしまうと、あとは倦怠という名の底なし沼に沈んでいくだけになってしまいます。ああ恐ろしや。

 

 

鉄は熱いうちに打て

 

三年生も無事に卒業した今、余韻に浸るのもそこそこに、我々はこの一年を振り返り、そこから得たフィードバックを次年度に生かすべく準備を始めなければなりません。喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間の常。だからこそ、記憶にあるうちに振り返りを行うことが大切。

 

四月からやってくる新入生にとっては、人生で一度きりのかけがえのない三年間になるわけです。

彼らが三年後に満足して卒業できるよう、改められるところは改めておきたいところです。

 

そんなこんなで、学校という現場は今日も進んでいきます。

よし、また明日から頑張っていこう。